どんな時も








 雨に濡れて冷えた体をそのままにした上、水狐との戦闘での疲労も重なったのだろう。
 その翌日、大神は40度近い高熱を発して寝込んでしまった。
 心配した花組の面々が、入れ替わり立ち替わり、見舞いに隊長室を訪れたが、そのあまりの喧噪に、かえって大神の体に障る、とマリアからついに見舞い自粛令が出た。だが、同時に自分も大神を見舞えなくなってしまい、様態を気にしつつマリアがもどかしく過ごした二日目の夜のことだった。


 大神に替わって見回りに出たマリアが、隊長室の前を通りかかったとき、中からかすかに呼び声がした。
「…マリア…、マリアだろ?」
「隊長…?起きてらっしゃるんですか?」
マリアは驚いてドアに駆けより、小声で尋ねた。
「ごめん…水を、一杯汲んできてもらえるかな」
「は、はい。ちょっと待っていてくださいね」
弱々しい大神の声に胸を締めつけられる思いで、マリアは慌てて厨房に走った。

「…隊長?入りますよ」
ノックをして、そっとドアを開けると、溶けた氷嚢の下から大神が気だるげな顔を見せた。寝癖で髪が倒れた頭を、よろよろと持ち上げる。
「お水です」
「ありがとう、マリア」
急いだため、袖口まで水滴のついたマリアの手からコップを受け取ると、大神は美味しそうに一気に飲み干した。
「ふう…助かったよ…水差しの水、さっき全部飲んじゃって…喉が乾いて死にそうだったんだ」
手の甲で口元を拭いながら、大神はマリアを見上げて弱く微笑んだ。
「熱が出ると、喉が乾きますものね…今、水差しにも汲んできますね」
「待って、マリア」
大神が、濡れたマリアの手を握った。そのまま額に押し当てる。
「気持いい…もう少し、こうしてそばにいてくれないかな」
マリアはくすりと笑い、ベッドに腰掛けて大神の顔をのぞき込んだ。
「どうしたんですか?ずいぶん甘えん坊になってますね」
「君が来てくれなくてさみしかったんだよ」
大神が少し唇を尖らせるのに、マリアは慌てて言い訳した。
「それは…その、私がみんなに注意したのに、抜けがけするわけにも…」
その眉が、かすかに寄せられる。
「…まだ、熱がありますね」
「なかなか下がらなくて…まいったよ。こんなときに敵が来なければいいんだけど…」
「隊長は、心配しないでゆっくり休んでください。何かあったら、私が変わりを勤めます。ですから…」


「キスして、マリア」
「え…?」
思わぬ言葉で遮られ、マリアはきょとんとした。
「してくれたら、早く直りそうな気がする…」
「…しょうがないですね…」
苦笑したマリアがかがみ込み、軽く唇を落とした瞬間、大神の手が伸びて、マリアを抱きしめた。
「きゃっ…隊長!?」
そのまま、ベッドに転がされ、のしかかられた。
「何をするんですっ…やめてください!」
頬を、熱い手のひらが包みこむ。
「汗をたくさんかくと、早く熱が下がるって言うからさ…協力してよ、マリア」
わずかな間のあと、マリアの顔が真っ赤になった。
「何を言ってるんです!大人しく寝てなきゃだめですよ」
「…マリアは、俺に早く直って欲しくないんだ…」
大神は、寂しげな声でうそぶいた。
「もう……………!」
怒ったように大神を睨みながら、マリアは長々とため息をついた。
「困った隊長ですね……少しだけ、ですよ…悪化しても知りませんからね」
そう言って、うれしそうな大神の手が服を脱がそうとするのを助けた。




「ああ…ひんやりしていい気持だ…」
大神が、マリアの胸に顔を埋めながら、熱い呼気とともに呟く。
 次第に熱を増していくような自分の感覚と相反するその言葉が、大神を今も苦しめている高熱のせいなのだと思うと、マリアはせつなくなってそっと大神を抱きしめた。自分の体が、スポンジのように熱を吸い取ることができればいいのに。そう思いながら手足をからみつかせた大神の体は、火を抱いたように熱かった。
「んっ…」
大神が左右の胸を交互に口に含む。熱を持った舌の熱さと、唾液の揮発する冷たさが代わる代わる襲い、敏感な胸の先を尖らせていく。
 足の間に湧きだす泉では、大神の指が魚のように自由に泳いでいる。体のどこかにあるつなぎ目をはずされたように、体がゆるゆると開いていくのをマリアは感じる。きつくすくめていた肩が、やがて力を失い、腕がほどけ、かさかさと乾いた唇が肌をたどって泉へと降りて行くのを止めることができない。
「いやっ…そんな…やめて…っ!」
吸い上げる舌音に、マリアが髪を掻きむしる。
「喉が、乾いてるんだよ…」
大神の言葉に、マリアは反射的に黒髪の頭をぴしゃりと叩いてしまった。
「ばっ……もうっ…知りません…!」
「病人なんだ…やさしくしてくれよ」
こんな病人がありますか、とマリアは返そうとしたが、大神の舌の動きに翻弄されて、もう言葉にならなかった。
 二日も高熱で寝込んでいた体のどこにこんな力があるのだろう、と思うほど、大神がマリアを引き寄せ、強く抱きしめてくる。
「あつっ…やけど…しそ……ああっ…」
入り込んだ大神の熱さに身をよじりながら、少しでも大神の負担にならないように、マリアは自らも動こうとした。だが、それまでもなく、大神が送り込む深い動きが、愉悦のさざ波を肌の上にもたらしてくる。
 マリアはそれを、まるで苦しみであるかのように耐えていたが、まっすぐにそらせた喉からはほどなく声が漏れはじめ、その間隔が次第に速くなっていった。
「だめ……そんなに、激しくしたら…また、熱が…」
「いいんだ…汗を、かきたいんだから…」
かすれた声でそう言ってから、大神はわずかに首を振った。
「いや、そんなことどうでもいい。…少しでも、君に触れたい。君を抱いて、繋がっていたい…どんな時も…」
 熱に浮かされたような大神の呟きとともに、白くうねるマリアの腹部に、ぽつ、ぽつと汗がしたたり落ちる。手をさしのべて、濡れた額をいとおしげに拭ってやりながら、マリアも次第に我を忘れていく。体の奥に注ぎ込まれる熱に、押し上げられ、追いつめられ、なぜ大神に抱かれているのか、だんだんわからなくなってくる。
「私も…です、…私も…どんな時も…隊長と……っ」
のぼせたようになって、うっとりとマリアも応えた。やがて体の中心で沸騰した熱は、全身を煮溶かし、脳裏で白く拡散していった。





「おはよう、マリア」
眼を開けると、微笑んで自分を見つめる大神と視線が会った。カーテン越しに差し込む光で、部屋の中はほのかに明るくなっている。
「いや…私ったら、寝ちゃったんですね」
マリアは慌てて跳ね起きた。
「大変。見つからないようにもどらないと」
ばたばたと服を拾い上げて身につけながら、もつれた金髪を指で梳かして撫でつける。
「大丈夫、まだ早いから誰も起きてないよ」
そういう大神の声の調子が、ずいぶん元気そうに聞こえ、マリアは振り向いて大神の額に手をやった。
「隊長…!熱、下がってます!」
「ほんとだ…なんだか、すごく気分がいい」
「よかった…」
ほっとした顔のマリアに、大神がいたずらっぽく笑いかけた。
「……マリアのおかげだね」
マリアの頬がみるみる朱に染まる。
「じゃあ、御礼に、もう一度…」
抱き寄せて口づけようとした大神の頬を、ぱちん、と音をたててマリアが叩いた。
「いやです!」
「どうして?せっかく元気になったんだし…」
「調子にのらないでください!それに、…髭を剃ってからにしてくださいね。もう、あちこち……………ひりひりして…………」
口ごもって、マリアは逃げるように上着をつかんで部屋を出た。
「…あ…」
二日間放置した頬と顎を撫で、大神はすまなそうな顔で苦笑した。




 マリアが同じように高熱を発して寝込んだのはその翌日だった。



 シーツの中に、自らの体が発した熱がこもっている。
 力無く投げ出した手足は、いくぶんせわしない脈に合わせて、指や膝が疼くように痛んだ。
 眠りたいのに眠れず、熱に浮かされながらまどろんでいると、静かにドアが開いて、大神が顔をのぞかせた。
「…気分はどう?マリア」
「すみません…ご心配おかけして…。ほんとに、熱だけなんで…下がりさえすれば…」
ふらふらと起きあがろうとするマリアを手で制しながら、大神はそっと歩み寄った。
「ごめん、俺のがうつっちゃったんだね…」
「いえ…私の気がゆるんでいたんです…隊長のせいでは…」
「今度は、俺が協力するよ…」
囁くようにやさしく言いながら、大神がシーツの下の体に手を這わせた。
「あっ…いやっ…何を…」
「たくさん、汗をかかせてあげるから…」
はね除けようにも、手足がだるくて思うように動かない。いつもはじわりと暖かく肌にしみる大神の手が、今日はぴりっとつめたく感じられた。
 大神が、マリアの耳もとの髪に鼻を埋めるようにして、囁きかける。
「言ったよね、君も…どんな時も…って」
「あ…あの…でも…」
熱でぼんやりした頭がうまく働かない。大神に抱き上げられ、頬をすりよせられて、マリアはのろのろともがいた。
「やめてください隊長…!…やめて…」
「大丈夫、ほら、ちゃんと髭は剃ってきたよ」
「そういうことじゃなくて…っ…あ…」
マリアが弱々しい抵抗をあきらめ、大神の腕の中で甘い息をこぼすまで、あまり時間はかからなかった。








《了》

しょ〜もね〜;;ていうかしんどそ〜〜;;ていうか悪化しそ〜〜〜〜;;





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